インドのKFC
インド出張を楽しみにしていた同僚。カレーが好きな男である。
本人は、毎日3食カレーでも大丈夫、とは言ってはいないものの、たぶん大丈夫だろうと予想されるくらいカレーが好きなようだ。昼は大抵、会社の近所のネパールカレー屋にいる。
これまでにネパールとスリランカ、タイを制覇した彼はついぞインドに行くことになった。カレーのためではなく、仕事のためだ。
「インド楽しみ~」
彼の威厳のために言っておくが、渡印の目的は仕事だ。決してカレーではない。
他の同僚たちが、出張を前に浮かれる彼にむけて次々とアドバイスをする。
「水はダメだ」「水が一番ダメだ」「ガンジス川で泳いだら死ぬぞ」「氷も気を付けろ」「粉のポカリ持っていけ」
ちなみに誰もインドに行ったことはない。アドバイスなのか忠告なのか予言なのかはもはやわからないが、会社の誰もが「インドはやばい。生きろ」と言った。
彼は嬉しそうに旅立った。
実際、他の同僚が出張中の彼と連絡をとった時、結構楽しそうにしているようだった。
「Wi-Fiがーー…(LINE断絶)」
「こっち(インド)、なんかめっちゃカオスです!つっこみどころがありすぎて追い付かない!」
電話の向こうから聞こえるクラクションやざわめきがインドを感じさせる。なるほど、出張も順調らしい。
帰国予定日、彼から主任に連絡が来た。
真顔で寝台に横たわるセルフィー
そして
「インドの病院で点滴なう」という言葉。
続いて「点滴を切り上げて空港まで来たのに、乗る予定の飛行機5時間遅れで出発待ちなう」という報告。
あれほど言ったのに……!
同僚たちが想像と心配をする。
「何が当たったのか」「水を飲んでしまったのか」「もう出発はしているのか」「そうかそろそろ帰国したところか」「なんだこのセルフィーは」「元気なのかもしれないな」「じゃあ大丈夫か」
上空で彼は腹をくだし続けた。
そしてなんとか帰国し、数日後出勤した。帰国して病院へ行ったところ、ウィルス性の腸炎らしかった。彼以外の同僚が口を揃えて言った。「でしょうね。」
「出張はものすごく順調でばっちりだったんだけど」
「カレーがしょっぱくて飽きてきて、最後にケンタッキー食べたんすよ」
「安心安全のケンタッキーだと思ってたのに…」
さすがインドである。
飲食店が多く、そしてそのどれもが現地スタイル(衛生面)で提供されるであろうはずが、同僚はそのどれにも食あたりしなかった。
にもかかわらず、世界的なチェーンで、どの国のどの店に行っても同じ味と品質・安全を買えるケンタッキーで、最後にお見舞いされたわけだ。強烈な一発を。
これが、インド。
同僚はケンタッキーに裏切られたのではなく、インドを体感したのだ。洗礼を受けたのだ。きっとそうに違いない。
「いやぁ、インド面白かったんでまた行きたいっすね!」
「ちなみにネパールの方がカレーうまかったっす!」
インドが好きになった同僚は、また近所のネパールカレー屋に出掛ける。