無意味な悲しみ、ただの煩悩

いつかは共感してみたい。
西野カナの恋の歌。ヘミヤマです。
歌丸です。的な)


なんてことはない。

別部署の60代の御姉様と話していたら、「結婚しないの?」「相手はいないの?」という話題になって、アラサーらしくおセンチになっちゃったってだけです。ところでおセンチって何?センチメンタルで合ってる?なんで接頭辞「お」つけた?ん?

結婚したいんスけどね~ なかなかいないんスよね~?と辛うじて返事をしておいた。こういう話題は真面目に答えると重いし、重いと自分で自分がかわいそうに感じられるのでパリピ風に軽くかわすに限る。


「今の人って時間かけて結婚相手を選んでるのかしらね」

ノーコメントでよろしくデェース!

現代社会の婚活メソッドにおいて、理想の相手に出会うためのストラテジーなんつーのはごろごろあるようだ。

何年か前はそういうWeb記事を読み漁りまくっていたが、内容も薄いし裏付けもない。どっかの私大卒の文系キラキラOLがテキトーに書いたような文章だ。使い回されすぎて出がらしになってしまったかのような表現は、味もなければ白湯より不味い。

それでも何年か前は、結婚出産の逆算から求められる年齢と現状に焦り、何でもいいからと読み漁っていた。

中にはそんな馬鹿な、というものがあった。

「気になる人とあと少し!でも彼が告白してくれない…そんな時は?

→二人でオシャレで落ち着いたバーに行ったらトイレに立ったタイミングで、彼の頬に…

不意打ちでキス!」


エキセントリックにも程がある。捕まるぞ。

まともだと思った記事のなかに、「本当に譲れない条件を3つに絞れ。」と言うのがあった。

「出会えないんじゃない。出会えているのに理想が高いからだめなんだ。」「妥協できることとできないことを明確にすべし」という理屈だった。


なるほど。当時の私は非常に納得した。
合コンもダメ、マッチングアプリもダメ、婚活イベントもダメ。
何がダメって、私の理想が高かったのか。目から鱗がとれた私は3つに絞った。


①仕事をしていること
②返済目処のたたない借金をしていないこと
③人畜無害であること


いやこれ人として最低限のやつ~


ちなみに上記3つをクリアした上、さらに

④タバコを吸わない
⑤清潔感がある

の条件を持った男性と付き合ったことがあるが、全然ダメだった。人畜無害でありすぎたがために話し合いができず、問題が発生したとき喧嘩にもならない。それ以前にお話にもならなかった。

条件を絞ったところで、絞りかたがキツすぎたらダメじゃないか。どの程度絞ればいいのか書いてないじゃないか。何なんだ。どうしたらいいのだ。憤怒である。

荒れた私は会社の年上後輩(人生の先輩)に愚痴った。世の中上手く行かないっすね、と。人生の先輩は見かねてぐっどうぃる博士の指南本を貸してくれた。とても素晴らしい内容すぎて正直覚えていない。しかし具体的かつ論理的である。要するになんか、上手に相手に追いかけさせろ、手に入りそうで入らない微妙な距離感で男性の脳がクレイジーフォー・ユー、みたいな感じだった。と思う。うん、たしかね。


そもそも逆算理論もメソッドの一つだった。しかしメソッド通り・計算通りに人生上手く行くなら最初からそんなメソッドは不要だろう。

もろもろ考えるのを辞めた。ギアを低速に切り替えた。

結婚も出産も、本当はしたかったけど、今のままの私には難しい。


次に誰かを好きになったとき、もう上手くいかない駆け引きをしたくない。
好きな人には無条件に味方でいてほしい。
二人の間に問題があるならば解決に向けてちゃんと話し合いたい。


これは高望みなのだろうか。


「恋人がほしい」「結婚したい」という言葉にしてしまうと、どうしても隠れてしまう本音がある。

本当は、自分には誰かとそういう人間関係を成す能力がないんだと悲しくなるのを、もう辞めたいだけなのかもしれない。